そしてまたカウンセラーに戻っていく理由

自分語り

この記事で伝えたいこと

「私はもう少しできることがあるんじゃないか、と思ってカウンセラーを始めた」

教員の仕事も楽しかったけれど…

さて、カウンセラーを辞めて専門学校の教員をしていたわけですが。

割と面白かったです。

元々教えるのは嫌いではなかったし、カウンセラーという立場、カウンセリングという場ではない形で学生と接するのはとても新鮮でした。

私のいた学校がたまたまそうだったのかもしれませんが、とても素直な学生が多かったんですよね。

こうした方がいいと伝えたことを素直にやってくれることもあったし、学生が普段どんな風に考えて、どんなことを感じているかも話してくれました。

そんな風に学生と話していると、そのうち話の中で学生から相談を受ける機会が増えていきました。

教員という立ち場で話を聴く

学生からの相談はそれこそ日常生活の小さな悩みもあれば、それこそ学校生活に影響するような深刻な悩みの相談もありました。

しかし私はカウンセラーとしてこの学校にいるわけではなく、あくまで一教員として所属していたので、話を聞くときも教員としての立場を忘れないように意識して聞いていました。

小さな悩みであれば、少し時間を取って話を聞くだけでも学生が満足できたのですが。

大きな、深刻な悩みとなるとそうはいかず。

私だけでは対応できないこともあったので、他の教員や上司に掛け合って全体で対応することもありました。

そんな中で感じたのが、やはり教員として話を聞くというのは、私にとってとても難しいことだということでした。

教員はあくまで教員として学生と接することが求められます。

でも、私はこれまでカウンセラーとしてクライエントと接してきたせいか、どこかで「カウンセラー」として学生に接しようとしてしまう。

教員という立場であることが、時折抜け落ちてしまいそうになるんですね。

相談を受けるという時は特に。

「この場合はこういう話を聞いていったらいいかな」

「この子にとって今必要なのはこういうことかな。じゃあ、どうすればいいかな」

などなど、こういうことを考えているうちに教員のメインの仕事を考えることよりも、学生の「ケア」について考えることが多くなっていきました。

もう一つ、大事なことに気づいた

そして話を聞く中で、学生から感謝されることがたくさんありました。

ただ話を聞いただけのこともあったし、悩みを聞いた上で担任と情報を共有して対策を考えたこともありました。

そうすると、学生から「ありがとう」と言われるんですよね。

私としてはこれまでカウンセラーとしてやってきたこと、考えてきたことをただそのまま延長してやっていただけなのですが。

そんな風に動いてくれる先生というのは、その学校では割と貴重な存在だったようでした。

そして、そんな風に感謝されるうちに、私自身も少し考え方が変わっていったところもありました。

「これまで自分は全然ダメだったと思っていたけど、もしかしたらそうじゃないのかもしれない」

「自分にも役に立てるところがあるのかもしれない」

「もしかしたら、カウンセラーとしてもまだ自分はできることがあるのかもしれない」

そんな風に考えるようになりました。

もちろん何の根拠があるわけではなかったのですが、実際に学生から頼られたり、感謝されたりするうちに、以前の心理職の時も振り返って考えるようになりました。

あの時、うまくできていたこともあったんじゃないか。

そんな風に考えるようになりました。

そして、私はカウンセラーの仕事をまたやってみたいと思うようになりました。

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